結論から書きます。もう、日本企業が「中国市場」と聞いて思い浮かべている上海ではなくなっていました。
7月、初めての中国本土出張で上海に行ってきました。恥ずかしながら、ビジネスマンとしては遅いタイミング。ご縁の問題でこれまで機会がなかったのですが、行ってみて「これは早く現地を見ておくべきだった」と痛感した数日間でした。
今日はこの出張で見聞きしたことを、現地で集めたデータと一緒に整理しておきます。日本から中国市場を考える経営者にとって、前提を更新する材料になればと思います。
街を走る車のロゴが、ほぼ全部中国ブランドになっていた
ホテルから市内に出て、最初に驚いたのが街を走る車でした。
見たことのある形のSUV、見たことのあるシルエットのセダンが走っている。ですが、ロゴがどれもこれも中国ブランドなんです。BYD、Geely、Xiaomi、Li Auto、Xpeng、Nio——日本ではあまり馴染みのないブランドが、街の主役になっています。
数字でも裏付けられています。2025年通年で、中国国内の新車市場における中国ブランドのシェアは約65〜68%に達しました(Best Selling Cars Blog, 2026年1月集計)。新エネルギー車(NEV)市場では、BYDがシェア29.2%でトップ。Geelyは年間140万台規模で、Xingyuan という車種が中国市場の 販売台数1位 に立った。Volkswagen と Toyota を抜いた格好です。
Xiaomi の躍進も凄まじい。2025年に前年比 +195% で年間販売40万台を超え、月によっては販売台数12位に食い込みました。スマホメーカーが数年で自動車市場の中位に入る——これはちょっと尋常じゃないスピードです。
しかも、形はどれも「見覚えがある」。バッグやガジェットを真似するのは知っていましたが、自動車のスタイリングまで参考にしてくる。常識を覆してくるんですよね。行儀の良い日本人が、これに対してどう図太く戦うか。我々の価値観をすべて正しいと思っていては、なかなか難しい時代に入っています。
現地経営者と話して見えた、公式GDP5.0%・実質2.5%のギャップ
今回の出張で、複数の中国企業の代表と情報交換をしました。共通して聞いたのは「景気が良くない」という話です。
公式統計では2025年通年のGDP成長率は 5.0%、政府目標を達成したことになっています。ですが、一部のシンクタンクや独立系アナリストは、デフレ調整後の実質成長は 2.5〜3.0%程度 だと推定しています(Rhodium Group, 2025年)。実体感としても、現場の経営者の感覚はこちらに近かった。
中国は 10四半期連続のデフレ に入っています。GDP成長と長期デフレが共存する状況は歴史的に前例が少なく、構造的な需要不足を示唆します。不動産危機が消費信頼感を下押しし続けていて、これが個人消費の回復を妨げている。
そして、現地でとくに強く語られたテーマが 過剰生産能力(overcapacity) です。国内市場が伸びない中で、各産業が作り続けているから、価格競争が激化する。利益率は下がり、企業は次のフロンティアを探すしかなくなる。
次のフロンティアはASEAN——中国対外投資の37%が東南アジアへ
話を聞いた経営者全員が、海外、特に東南アジアへの進出を真剣に考えていました。
数字でも明確です。2025年第3四半期、中国の対外投資のうち 東南アジアが37% を占め、過去最高水準に達しました(Rhodium Group China Cross-Border Monitor)。2024年通期でも対ASEAN投資は前年比 +13% で、世界平均を大きく上回っています。主要な投資先は、シンガポール、インドネシア、タイ。
象徴的な事例があります。家電大手の Haier は2025年9月、タイのチョンブリに東南アジア最大の中国系エアコン製造拠点を稼働させました。計画から稼働までわずか 10ヶ月。中国企業の意思決定と実装のスピードは、日本の感覚とまったく違う次元にあります。
現地で議論されていたのが 「China+N」戦略 という考え方です。中国一国に生産を集中させる時代は終わり、複数の海外拠点を持って地政学リスクを分散する。米中貿易摩擦、関税、サプライチェーン規制——これらすべてに対応するには、もう一つや二つの拠点では足りないわけです。
市場規模はやはり桁違い、貿易黒字1.2兆ドル
出張のために移動していると、改めて中国の国土の広さに驚かされます。
上海から少し移動するだけで、東京クラスの都市が次々に出てくる。「地方都市」というレベル感じゃない。一つひとつが、日本の主要都市と同じか、それ以上のスケールです。
輸出ベースで見ると、2025年の中国の貿易黒字は 約1.2兆ドル で過去最高を記録しました。米国市場への依存度を下げながら、欧州・東南アジア・中東・南米への輸出を増やしている。市場規模の桁が違うから、たとえ国内が停滞していても、輸出だけで経済を支えられる構造になっています。
ただし、これは諸刃の剣です。輸出依存型経済は、地政学リスクと貿易摩擦に弱い。各国で関税や反ダンピング措置が増えれば、過剰生産能力がそのまま国内に戻ってくる。「China+N」戦略が加速している背景は、ここにあります。
古典庭園と高層ビル、両方を捨てない上海の流儀
ビジネスの話ばかりになったので、最後に旅の話を少しだけ。
市内から少し外れて、古典庭園を歩きました。白い壁、池に映る建物、緑の木々。スケールは決して大きくないけれど、屋根の反り、窓枠の格子、橋の手すり、すべての細部が計算されている。
その同じ街に、世界トップクラスの高層ビル群がある。20年前にはほとんどなかった景色です。「速い変化」と「残された伝統」を両方そのまま受け止めるのが、上海の流儀のように見えました。
日本の都市は、どちらかに寄りがちな気がします。歴史を残すか、新しさを押し出すか。両方を捨てない、という選択肢があることを改めて思い出しました。経営の文脈にも、この発想は転用できます。
持ち帰った3つの示唆
今回の出張で持ち帰ったものを、整理しておきます。
1. 中国国内市場の競争環境を、データで把握しておく必要がある。 国内ブランドのシェアが65%を超えた今、日本企業の中国戦略は10年前の前提では通用しません。「日本車が圧倒的」という前提を持っているなら、すぐ更新すべきです。
2.「China+N」をビジネスチャンスとして捉える。 中国企業がASEANに出ていく動きは、日本企業にとって脅威でもあり、パートナーシップの機会でもあります。タイ・インドネシア・ベトナムの製造能力が、中国資本で次世代化していく。ここに食い込めるかどうかは、5年後の日系製造業の位置を決めます。
3. スピード感の違いを直視する。 Haier がタイ工場を10ヶ月で立ち上げる。日本企業の意思決定プロセスでは、構想から検討で1年、合意形成で半年、稼働まで2年は普通です。この差を、組織的にどう縮めるか。中小企業や1人法人の経営者にとっては、むしろ「意思決定スピードの優位」を活かせる局面が増えるとも言えます。
帰りの便で、街を走っていた中国ブランドの車を思い出していました。
10年前、日本車が中国市場で大きなシェアを持っていた時期と、今の状況は完全に逆になっている。我々の価値観をそのまま持って行っては、勝てない。次の出張までに、もう少し図太い戦略を考えておく必要があります。
日本にいると見えない景色が、現地には確実にあります。経営者なら、最低でも年に1回は、自分の目で「市場の現在地」を確かめに行く価値があると、改めて感じた数日間でした。
では、東京に戻って、また動き出します。
Sources / 参考文献
- Rhodium Group: After the Fall — China's Economy in 2025
- Rhodium Group: Rightsizing 2025, Looking Ahead to 2026
- Best Selling Cars Blog: China wholesales Full Year 2025 — Geely overtakes VW & Toyota
- Automobility: State of China's Auto Market 2025
- China Briefing: 2025 Outbound Investment — Key Markets & Sector Trends
- ARC Group: Chinese Companies Expanding Supply Chains into Southeast Asia
- Export Finance Australia: China — Growth expectations upgraded, but deflation and overcapacity persist
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