8月の夏休み、家族で金沢と福井に2泊3日の旅をしてきました。今日はその旅の話と、「経営者が日々の義務感に押されすぎないように、定期的に『自分の好奇心の温度』を確かめに行くべき理由」というテーマについて書いてみたいと思います。
北陸新幹線で金沢に入って、レンタカーを借りて回る2泊3日。海・街・庭園・恐竜博物館とテーマが多くて、移動量もそこそこある旅程です。
暑かったけれど、日本海から吹く風は、東京の盆地的な熱気とちょっと違う。湿度は高いのに、なぜか涼しい瞬間がある。北陸の夏は、それだけでちょっと得した気分になります。
千里浜なぎさドライブウェイで、砂浜にしゃがみこむ
金沢市内から少し走って、千里浜なぎさドライブウェイに向かいました。砂浜を車で走れる、日本でもかなり珍しい場所です。
今回は普通に車を停めて、歩く方を選びました。子供がはしゃぐから、一緒に波打ち際まで降りる。砂が湿っていて、足跡がきれいに残る。靴のソールの形まではっきり見えます。
東京の海岸とは、波の音も砂の質感もちょっと違う。日本海は波が穏やかで、人が少なくて、太陽が反射する角度がきれいです。沖に漁船が一隻、ゆっくり横切っていきました。
拾うものもないのに、しゃがみ込んで30分くらいぼーっとしていました。普段、東京で会議の合間に「ちょっと考える時間が欲しい」と思っているのに、実際にぼーっとできる時間って、自分で意識的に作らないと意外と来ないんですよね。これは経営者あるあるです。
車に戻る道で、子供が小さな貝殻を拾いました。それを大事そうにポケットに入れて、東京まで持って帰ってきた。今も机の引き出しに入っています。
帰り際、ふと振り向くと、視界いっぱいに青空が広がっていました。子供を抱いて立つ妻のシルエットの上に、夏の雲がぽつりと浮かぶ構図。これだけで「夏の北陸に来てよかった」という気持ちになります。
21世紀美術館、子供にとっての現代アート
金沢市内に戻って、21世紀美術館へ。
代表的な「スイミングプール」の展示は、上から見ると本物の水面、下に潜ると人が空中に浮いて見える、というユニークなインスタレーション。子供が「下に行きたい」と言ってきかないので、列に並んで入りました。
下から上を見上げる体験は、確かに不思議です。「水の中にいるはずなのに濡れない」という感覚と、上から覗き込む人と目が合う面白さ。子供は予想以上にずっとそこに居て、「なんで?」を10回くらい繰り返していました。
現代アートは、大人が「意味」を読み解こうとして疲れる。けど、子供は「体験」としてそのまま受け取る。これが本来の見方なのかもしれません。仕事でも、複雑な顧客提案を「意味」で武装するより、「体験」として届けるほうが刺さる場面は多い気がします。
ひがし茶屋街、街全体が「遅い」ことの価値
夕方、ひがし茶屋街を散歩しました。
木造の格子戸が並ぶ通りに、夕焼けの空のグラデーションが落ちる。観光客はいるけれど、街全体の速度が遅い。建物の高さが揃っていて、視線が泳がない。「街全体が静か」な印象があります。
途中で金箔ソフトクリームを買いました。話のネタとしては定番ですが、味自体はバニラに金箔が乗っているだけ。ただ、写真映えはする。子供が興奮して、半分くらい食べさせてくれませんでした。
茶屋街の奥に、お茶屋を改装したカフェがあって、抹茶とわらび餅をいただきました。木の床、低い天井、格子から差し込む光。座っているだけで、時間の流れが違う気がします。
東京で暮らしていると、すべてがちょっと速すぎる気がするんですよね。たまには、こういう速度の街を歩きたい。「速度の違う場所」を持っていることは、判断のリズムを整える上で意外と大きな資産になります。
近江町市場、地元の人が通う店という指標
夜は近江町市場の中にある寿司屋に入りました。
のどぐろの炙り、白海老、ガスエビ、加能ガニ(北陸ブランド)。東京の寿司屋でも食べられるけれど、産地で食べると違う。脂の乗り方、身の弾力、握り手の力加減が、すべて一段階上に感じます。
店の大将が「白海老は今が走り、もう少しすると最盛期や」と教えてくれる。地元の人と話しながら食べる寿司は、味そのもの以上の体験です。
翌朝、市場に再訪して、海鮮丼の朝食。観光客向けの店も多いですが、地元の人が通う店も混じっています。後者を見つけられると、旅の解像度が一気に上がる。これは「地元の知り合いが教えてくれる店」がいちばん早い指標で、そういう人脈を旅先ごとに持っているかは、移動の質を大きく変えます。
兼六園、何百年の維持の手間を想像する
翌日は兼六園へ。
池と松と石組みと橋の組み合わせが、何度行っても飽きない。徽軫灯籠(ことじとうろう)の前で写真を撮るのは定番ですが、それより奥に進んだ霞ヶ池の周りの方が、私は好きです。水面に映る松の枝が、ちょうど良い構図を作る。
雪吊りの支柱は冬の備えだから本来夏には外すはずですが、保存と練習のためか一部残っていて、それがちょっとした見どころになっています。
庭園というのは、自然と人工の絶妙な比率で出来ている。完全に自然のままでは「庭」にならないし、完全に人工なら息苦しい。「ちょうどいい比率」を、何百年もかけて維持してきた職人たちがいる。木の剪定、池の水位、石の配置、苔の手入れ。誰かが毎日触っているから、これが見られるわけです。
会社のブランドや文化も、これと同じだと感じます。誰かが毎日手をかけているから維持される。手入れをやめた瞬間、見えないところから劣化が始まる。
ベンチに座って、しばらく池を眺めていました。子供は鯉に餌をあげたがって、売店に走っていきます。
福井で恐竜博物館、自分のために行った話
翌日は車で福井まで足を伸ばして、福井県立恐竜博物館へ。金沢から下道と高速で2時間ちょっとです。
正直、自分のために行った部分が大きい。私は恐竜のような古代の話が好きで、昔この地球にこれほど多様な生き物がいたかと思うと、ワクワクするんです。発掘も、いつか趣味としてやってみたい。
館内に入ってまず迎えてくれるのが、実物大のティラノサウルスのロボット。動いて、声を出す。子供は最初ビビっていましたが、しばらくすると平気で前に立って観察を始めました。
化石の展示はもちろん、CGによる再現映像、骨格復元のプロセス、最新の研究成果まで、本当に飽きさせない作りになっています。最近は羽毛が生えていた説、温血説、色の推定など、研究が進んで「常識」が更新されている。一見動かない事実のように見えて、実はずっと書き換えられている。これが科学の面白いところ。経営の常識も、本当はこれくらいのスピードで書き換わっているはずなのに、現場では「これが常識」が固定化しがちなのと、対照的です。
ミュージアムショップで子供がティラノサウルスのフィギュアを欲しがって、結局買って帰りました。家に帰ってからも毎日棚から取り出して遊んでいます。
好奇心で動いていたころの、自分
恐竜博物館を歩きながら、ふと思い出しました。
仕事も、最初は好奇心とワクワクから始めたはずなのに、いつしか義務感で運営されている部分が多くなる。経営者として走り続けると、どうしても「やらなきゃいけないこと」のリストが先に立ちます。
でも実際、自分のパフォーマンスが一番高いのは、好奇心で動いている時です。これは間違いない。新しいテーマを調べるとき、興味のある人に会うとき、未知の領域を見に行くとき——脳の回転速度が違うのが体感でわかります。
だから、仕事と一見関係のない場所に来て、子供のころのワクワクを呼び戻すのは、単なる気晴らしじゃないと思っています。「自分が何で動く人間か」を再確認する作業でもある。経営者としての持続的なパフォーマンスを保つには、この「自分の好奇心の温度を測る」習慣が、思ったより重要です。
帰りに金沢のラーメン屋で締めて、夜の北陸新幹線で東京に戻ってきました。
短い旅でも、ちゃんと「自分の好奇心の温度」を確かめられた。これだけで十分。
では、また明日から動き出しましょう。
経営の壁打ち、30分から
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